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ポルティージョ大統領略歴
(ALFONSO ANTONIO PORTILLO CABRERA)2001年5月現在
1.氏 名 アルフォンソ・アントニオ・ポルティージョ・カブレラ
(ALFONSO ANTONIO PORTILLO CABRERA)2.生年月日 1951年9月25日生 3.学 歴 メキシコ合衆国ゲレーロ州自治大学法学部卒
同大学大学院(経済学)に学ぶ4.主な職歴 経済分野を中心に墨ゲレーロ州自治大学他中南米の大学で教鞭を取った経験有り
1991〜95年 グァテマラ金融審議会委員 1992〜94年 DCG(キリスト教民主党:中道左派)副党首 1994年 DCGより共和国議会議員(1994〜96年)に当選 1995年4月 FRG(グァテマラ共和戦線:保守)に移籍 1995年11月 FRG大統領候補として出馬 1996年1月 大統領選挙決選投票にて僅差でアルスー候補(PAN)に惜敗 1996年〜 FRG第2副党首 1999年 FRG大統領候補として再出馬 同年12月 大統領選決選投票にて大統領当選 2000年1月 大統領就任 5.外国語 母国語であるスペイン語の他は少々英語を解する(挨拶程度) 6.家族 妻エベリンとの間に本年1月10日長女(ガブリエラ)誕生
なお、前妻との間に墨在住の女児1名あり7.横顔
(1) グァテマラ東部サカパ県の中流階級の出身。グァテマラ東部は他の地域に比し「男らしさ」が重視される土地柄である。ポルティージョ大統領は東部地方で言う「男らしい」男の典型であり、議論好きでもある。 (2) 左派の知識人として知られ、軍事政権中にはメキシコに亡命した経験を有する。1995年、右派政党である現与党FRGは支持層を左派にまで拡大するためにポルティージョを大統領候補として擁立したが、選挙では僅差で破れた。1999年の大統領選挙では2度目の立候補で当選した。 (3) 政界に入るまでは大学で経済学を教えていたので、大統領の任期を終えたら大学に戻る旨常々発言。 (4) 大の親日家で、大統領就任直後に青年海外協力隊員を国家宮殿に招待して激励した。たまたま女性隊員との集合写真を撮影したところマスコミの注目を浴び、女性隊員に囲まれたポルティージョ大統領の横で夫人が嫉妬している風刺画が新聞に掲載された。 (5) サッカー愛好。幼少時に空手を習った。側近のヒロン大統領府秘書長官が糸東流(しとうりゅう)空手5段であることもあり、今次訪日の際に糸東流本部よりポルティージョ大統領に対する名誉段位授与が予定されている。 (6) 日本映画好きで黒沢明監督の「七人の侍」及び「デルス・ウザラ」を称賛し、大島渚監督の「愛のコリーダ」はビデオを所有。 (7) 出身地のサカパ県で製造されるラム酒「サカパ・センテナリオ」は世界最高レベルの品評会で3年連続金賞を受賞しており、大統領の自慢の一つ。
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